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灘のけんか祭り2017日程やスケジュールは?どんな歴史が?

      2017/10/10

灘けんか祭り

出典 http://www.jalan.net/event/evt_172433/

灘のけんか祭りは、兵庫県姫路市白浜町の松原八幡神社で開催される秋季例大祭の通称なんですね。
全国数ある「けんか祭り」の中でも最大の規模と言われています。

3基の神輿をぶつけ合わせる神事と、旧7ヶ村の絢爛豪華な屋台が激しい練り競いの勇敢さが見事。
「死ぬまでに 一度は見ておけ 灘まつり」と詠まれるほど、激しく熱いお祭りなのです。

姫路市と兵庫県の重要無形民俗文化財にも指定され、旧松原村の獅子屋台の太鼓の音は「日本の音風景100選」にも選ばれています。

今年2017年の灘けんか祭りの日程やスケジュールや歴史や由来もご紹介しますので、ぜひチェックしてください。

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灘のけんか祭りの日程・場所・時間・スケジュールは?

<開催日程>
2017年(平成29年)10月14日(土)~10月15日(日)

<開催場所>
兵庫県姫路市 松原八幡神社周辺

<大まかなタイムスケジュール>

宵宮:10月14日(宮到着時刻11時~楼門入り時刻14時40分)
11時~:宮到着(東山・木馬・松原・八家・妻鹿・宇佐崎・中村)

宮入り・練り合わせ

本宮:10月15日(宮前到着時刻9時~楼門入り時刻11時40分)

●4時30分時頃~:露払いの儀(松原八幡神社拝殿前)
●6時頃~:潮かきの儀(白浜海岸(海水浴場))
●正午頃~:宮遷しの儀(八幡神社拝殿~楼門前鳥居)

9時~:宮到着

●12:10~本宮御旅山渡御神事

12時10分~:露払い
12時20分~:神官渡業
12時45分~:神輿
12時55分~:屋台

練り合わせ・御旅山下山・帰村

※おおよその時間のため、若干の時間のズレが生じる可能性があります、ご了承ください。
※スケジュール(祭り進行時刻表)は、灘のけんか祭り公式ホームページで確認できます。(PDFダウンロード可能)

 

アクセス・交通規制情報

電車<アクセス>
【電車】
●松原八幡神社へ~:
・山陽電車・白浜の宮駅下車→南へ徒歩約5分
※祭り当日は直通特急・特急が臨時停車
●御旅山へ~:
・山陽電車・白浜の宮駅下車→西へ徒歩15分
・妻鹿駅下車→南東方向へ徒歩10分(交通規制により徒歩)

※山陽電車にて白浜の宮駅まで:姫路より約15分/神戸より約50分/大阪より約80分

<駐車場>
なし

<交通規制>

交通規制図

出典 http://www.nadamatsuri.jp/w-n/2016/2016nada.pdf


桟敷席の購入方法は?

疑問
灘のけんか祭りには、実は桟敷席なる幻の有料観覧席があるんですね。
しかし…、これは一般人には買えません^^;

購入できるのは、地元住民で抽選となり、それもかなりの競争率なんです。

この桟敷席は、観覧しやすい場所…練り場に近いほど高額になります。
桟敷席の料金は、公表されていませんが、2日間で約7~15万円ほどと言われています。

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灘のけんか祭りの歴史や由来は?

歴史灘のけんか祭りは、松原八幡神社の秋季例祭の俗称です。毎年行われるお祭りのことを例祭と言うんですね。
灘のけんか祭りは、毎年、開催日が決まっていて、10月14日、15日。

灘のけんか祭り(松原八幡神社の例祭)の歴史は古く、中世の地誌「峯相記」からもわかるように、「放生会」が厳しく執り行っていました。

この「放生会」というのは、旧暦八月十五日の例祭の原点とも言われているものです。捕らえられている生き物を解放し、自由にしてやる儀式で、全国の八幡神社で行われるようになっていったのです。

松原八幡神社の放生会の始まった時期は、はっきりとわかっていませんが、おそらく11世紀から12世紀にかけてだと予測されます。
また、「峯相記」などの史料から推察して、14世紀中頃以降も、ほぼ同じような祭りが行われていたらしいです。(※東山在住の播磨地誌研究家寺脇弘光先生による)

ただ、御旅山への神事渡御の行列に、氏子らの自主的な出し物の随行が認められたのは、それから100年ほど後のこと。
15世紀の中頃、播磨の守護大名赤松政則が松原八幡神社に田地と米二百俵を寄進した際に、それを喜んだ氏子達が、米俵をかついで御旅山に上ったのが最初と言われています。

次第に、祭礼への自主的参加が認められて、村ごとに壇尻や屋台を作り、祭礼に加わりようになりました。…が、喧嘩口論などが多発し、神社側の統制がうまくいかなかったようです。

明治維新の際の神仏分離令により、それまで祭礼を取り仕切っていた八正寺が神社から切り離されたことにより、以後、氏子中心の「灘祭り」となり、それまでは、あくまで神事渡御の随行的な役割でしかなかった屋台が主役になったのです。
装飾なども年々豪華になり、祭礼様式も変遷し、現代に至るものとなっています。

 

灘けんか祭り

出典 http://www.jalan.net/event/evt_172433/

灘のけんか祭りは、日本だけでなく、他の諸外国からも注目されています。
例年、15万人以上の人が各地から訪れる一大イベントです。

この祭りのためだけに1年を過ごす地元の人もいるくらい、祭りにかける意気込みが凄いんですね。

なんといっても、一番の見どころは15日の御旅山の麓で行われる「練り合わせ」。
神輿同士を激しくぶつけ合い、互いの神輿を壊すことに尽力を尽くす…みたいな。
壊れ方が激しけば、激しいほど神意に叶うんだそうです。

まさに「けんか祭り」の名に恥じません。

しかし…灘けんか祭りは、常に危険と隣合わせ、事故率が高いことでも有名なお祭りで、実際、死者も出ているんですね(2001年・2009年)

そこまでには至らなくても、事故自体は多発しています。
毎年、結構な怪我人や重傷者が出るとのことです。

…とは言え、この歴史ある灘けんか祭りは、なくなることはありません。

徹底した氏子本位の祭りであり、灘七村の長い屈折した歴史の重みと、氏子たちの執念の祭りである灘のけんか祭りの迫力、気迫を存分に感じてください。

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