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七夕伝説~織姫・彦星の物語の本当の話って?

   

織姫彦星
毎年、七夕の日には一年に一度、その日だけ織姫と彦星が会うことができるという伝説があります。
しかし、この日にも二人の間には天の川が流れており、この川を渡らないと再会できないのです。

そんなときに、どこからともなく鳥のカササギの群れが飛んきできてこの天の川に橋をかけます。
それで織姫がこの橋を渡り、無事に彦星と年に一度の再会を果たすのです、めでたし、めでたし…というわけです。(諸説あります)
要は、引き裂かれた二人の切ない恋物語ということなのでしょう。

では、なぜ織姫と彦星は、別々に暮らさなければならなくなったのでしょう?
本当の話はどんなものなのか、その内容をご紹介します、ぜひチェックしてみてください。

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七夕の織姫・彦星の物語のあらすじ

織姫彦星天の神様は、働き者の娘「織姫」が自慢です。
夜空にキラキラ輝く天の川のほとりで、いつも機織りをして神様たちへの美しい着物を作っていました。

織姫の織る布は、五色に光り、いろとりどりに変化し、たいへん美しいものでした。
日々、その機織りに精を出す織姫は年頃でありながら、なりふり構わず一生懸命です。

そんな姿を天の神様は、不憫に思い、「婿をさがしてやろう」と思い立ちます。
天の神様があちこち探しまわっていると、天の川の岸で天のウシの世話をしている彦星という若者を見つけます。
この彦星もまた、牛のエサやりから畑仕事と、休む間を惜しんで働くような真面目で立派な若者でした。

「この働き者の若者であれば織姫と幸せに暮らせるに違いない」と思った天の神様は、織姫の結婚相手に彦星を選んだのです。

二人を引き合わせたところ、織姫も彦星もお互いに一目で相手を気に入り、好きになりました。
ほどなくして二人は結婚し、とても仲の良い夫婦になりました…が、良かったのはここまでです。

あまりに仲が良かったためか、仕事を忘れて二人一緒に遊んでばかりです。
織姫が使っていた機織り機は埃を被り、彦星が世話をしていた牛は段々痩せて弱ってきました。

天の神様は見かねて「そろそろ二人とも仕事をしてはどうか?」と諭しますが、当の二人は「はい、わかりました~」と返事ばかり良くて、仕事を再開する様子などまったくなく…。

空の神様たちも、織姫が機を織らなくなってしまったがため、身にまとっている着物もボロボロになりました。
また、彦星の牛も病気になり、畑も手入れが滞ったため、作物もすっかり枯れてしまいました。

いい加減、怒った天の神様は、「こんなことなら二度と会えぬように、お前たち離れて暮らすが良い!」と、二人を無理やり引き離しました。

そうして、広い天の川を挟んで二人は離れ離れになってしまったのです。

それからというもの、織姫は毎日泣いてばかり、彦星も家に閉じこもる生活。
どちらにしても、働かず…これでは本末転倒^^;

天の神様は考えたあげく、「以前のように真面目に働くのであれば、一年に一度だけ、七月七日に会ってもよいことにしよう」と二人に言います。

それからの織姫と彦星は、そのただ一日の会える日を楽しみに、前のように一生懸命働くようになったのです。

織姫の織る布は、以前よりも更に美しく空の神様を喜ばせました。
彦星も畑を耕し直したため作物が再び実り、面倒をよくみるようになった牛も元気になりました。

待ちわびた七夕の夜になると、天の川を渡って織姫が彦星に会いに行きます。
…が、あいにく織姫の行く手には、広い天の川が流れています。

そんなときに、カササギの群れが来て翼で橋を作ってくれるんですね。
そのおかげて、織姫は、その橋をわたって、やっと彦星との再会を果たします~おしまい。

織姫・彦星伝説は、時代とともに変わった?

舟に乗る彦星

出典 http://www.kyobunka.jp/0707.html

現在語られている織姫彦星の物語は、織姫が彦星に会いに行くということになっています。

しかし、奈良時代の頃の七夕伝説では、彦星が天の川を舟を漕いで渡って織姫に会いに行くというものでした。

この時代では、妻問婚という婚姻形態があり、男性が女性の家に通うものでした。
それを反映させていたようです。

そして意外にも、この七夕は中国発祥のものなんですね。

一見、七夕の日に行う風習や物語からも「和」のイメージが強く感じられるので、ちょっとした驚きですよね。

中国では、日本より早い時代から、現在でも一般的な嫁取り婚に形態が変わり、織姫が彦星に会いに行く設定になったようです。

その後、日本も同じように嫁取り婚に時代は移り、物語の一部が変わったようですね。

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各国の七夕事情~日本・中国・韓国

中国での七夕の物語は、ちょっとあらすじが違います。

牽牛(彦星)と織姫は地上で出会って結婚し、子供を儲けます。
実は天帝の孫娘であった織姫が、天に呼び戻されてしまって、子供ともども天へ連れ戻されてしまいます。
牽牛は、牛の皮をまとって天に昇り、織姫と再会しますが、再び引き裂かれて離れ離れに。
この時、天帝が二人の仲を割くように天に一筋の線を引いたのが天の川です。

一年に一度の七夕の日に会うことを許されたその日には、カササギが橋を作る…というお話です。

国が違うと、物語も変わるものなんですね。
言わずと知れた、七夕の日の主役の織姫と彦星。

この二人の星は、ベガとアルタイルが当てはめられているというのは、ご存知の方も多いでしょう。

彦星は、中国では牽牛「けんぎゅう」となります。
わし座のアルタイルの漢名なんですね。

そして、織姫は中国でも漢字はこのままですが、「しょくじょ」と読みます
こと座のベガの漢名です。

日本での和名は、そのまま織姫(星)と彦星です。
すばる(プレアデス星団)とともに、現在でも通用する数少ない和名の星の呼び名です。

このベガとアルタイルとの距離は実際には16光年です。
二人が会うというのも、なかなか大変なことに感じますね^^;
もちろん、七夕の日に、この二つの星が近づくということはありませんので、あしからず。

因みに、突然韓国の話になりますが、日本では、雨が降ると天の川が増水してしまい、たとえカササギの橋ができようと、織姫と彦星は会えなくなるそうです^^;

しかし、韓国では、雨が降るのは二人の会えた嬉しさのあまりの感激の涙、と捉えれれているそうですよ。

日本に対して韓国はポジティブってことでしょうか?(笑)

どちらにしても、雨が降ったら韓国の空で、雨が降らなかったら日本の空で二人は再会できるので、よしと考えましょう^^

さらには、日本では天の川にかかる橋はカササギが作ってくれるのに対して韓国ではカラスとカササギ…はて、2種類の鳥でなければならない理由は?

いずれの伝説もつっこみどころ満載ですよね。。。

七夕

七夕は元々は奈良時代に中国から日本へ入ってきたものです。
そして七夕伝説は、一年に一度の7月7日の夜にだけ再会できる夫婦の物語です。

日本には、もともと棚機津女(たなばたつめ)が川辺で機を織って神様を迎えるという伝説がありますこの棚機津女伝説と七夕伝説が混じりあって五節句のひとつでもある節句行事になったとのことですよ。

はじめは、女性が手芸などの上達を願ったものでしたが、室町時代には、技芸の上達を、その後の江戸時代には書道の上達を願うようにもなります。

現在では、それら以外にも、様々な願い事を短冊に書いて飾ることが多いですよね。

時が流れて、世間の習慣が変わっていけば、何十年後あるいは何百年後には、また織姫彦星の物語や七夕の習わしも変わっているかもしれません。

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